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「たった0.05mm 合成ゴムの隔たりを、その日君は嫌がった。僕はそれに応じる。」
そんな歌い出しではじまる Mr.Childrenの 「隔たり」 という曲を聴いた。 桜井和寿の歌う世界には、こうした「自己」と「他者」、「ある世界」対「もうひとつの世界」の関係性や、その間に存在する様々な事象を鋭く問う佳曲が数多く存在する。 僕 と 彼女 日常 と 非日常 ミュージシャン と 音楽業界 平和な国 と 戦う国 飽食な世界 と 貧困な世界 こうした問いは、なにも彼だけではなく、どこの誰もが想いを巡らす問題だ。だから私もこの問いからは逃げられない。同じ時代の同じ空気を吸っているものとして。 責任は地球上のすべての人間に均等にある。 結局、そこからスタートするしかないのだ。 さて、「隔たり」のミクロ話である。 実態として0.05mmという物理的に隔絶された距離を「離れている」と感じるかは、人それぞれの問題だろう。 しかし、実は「隔たっていない」が正解なのである。 わたしを構成する物質と、目の前にいるあなたの体を構成する物質は、愛し合う前に、とうの昔に交わっているのだ。0.05mmとは比べものにならない約1億分の1cm (10のマイナス8乗cm)の世界で。例えば地球を1cmとしたとき、原子はその地球の上に置かれたオレンジ一個の大きさだ。原子と原子は一定の空間をおいて緩やかにそして堅固につながっている。 そう、網みたいに。網の目はスカスカの空間だ。 その隙間をこうしている間にも素粒子が、電子が煩雑に通過していく。 僕と君。あなたと彼。 携帯電話と指。本と目。 海と地殻。 空と鳥。 茶碗とご飯。 アフリカの子供とアメリカの子供。 私と冥王星のあいだにも。 原子レベルではとっくに行き来し交わっているすべての事柄。 実は「隔たっている」と思っていたものが「隔たってはいない」という事実。 とっくに交流し混ざりあってるんなら、もう止めません? 対峙したり、いがみ合ったりするのは。 あなたとわたしは、同じなのですから。
by ilovebbw
| 2005-11-05 23:57
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